宇都宮地方裁判所 昭和45年(ワ)145号 判決 1972年8月19日
原告
石沢勉
ほか一名
被告
有限会社杉江鋳造所
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告石沢勉に対し金一一三万一、四六四円、原告石沢キヨに対し金一〇三万一、四六四円および右各金員に対する昭和四四年一〇月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の各請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行できる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告石沢勉に対し金四三二万五、三八〇円、原告石沢キヨに対し金四一二万五、三八〇円および右各金員に対する昭和四四年一〇月三一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一 原告らの長男石沢民夫(満八才、小学校三年生)は昭和四四年一〇月二九日午後一時三〇分ごろ、日光市東和町五六番地先国道上において、被告杉江美智子運転の普通乗用自動車(栃五ろ一四―〇六号)(以下「被告車」という)と衝突し、因つて頭部外傷、右半身打撲に基づく頭蓋内出血の傷害を負い、翌三〇日死亡した。
二 <1>右事故は被告車の運転者である被告美智子の前方不注意、減速徐行義務違反によつて惹起されたものである。本件現場は間道があり、しかも見通しの悪い左カーブで下り坂をなしているのだから、前方左右を注意するは勿論減速徐行すべきである。<2>被告有限会社杉江鋳造所は被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものである。
三 本件事故による被害を金銭に換算すると次のとおりである。
(一) 亡民夫の逸失利益七二五万〇、七六〇円
<1>亡民夫は昭和三六年二月二五日生の男子で、事故時小学校三年生で、健康体であつた。<2>原告勉は建築業(大工)を営んでいるところから、長男である民夫を高校卒後は後継者として建築請負業を営ませる予定であつた。<3>大工の賃金は一日二、五〇〇円、一か月の平均稼働日数は二五日であるが、月収は少くみても五万七、五〇〇円程で、一か月の生活費二万七、五〇〇円、従つて一か月の純収入は三万円であり、民夫は一か月三万円、年間三六万円の得べかりし利益を喪失したことになる。<4>民夫は高卒後満一八才から六三才に至るまで四五年間稼働可能であるから、その間の得べかりし利益の現在価をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算出すると七二五万〇、七六〇円となる。<5>亡民夫には妻子がないので、原告らが、右逸失利益による損害賠償請求権を二分の一(三六二万五、三八〇円)あて相続した。
(二) 慰藉料四〇〇万円
亡民夫の父である原告勉二〇〇万円、母である原告キヨ二〇〇万円
(三) 葬式費用二〇万円
原告勉は亡民夫の葬儀費二〇万円を支出した。
四 原告勉は以上合計五八二万五、三八〇円、原告キヨは以上合計五六二万五、三八〇円相当の各損害賠償請求権を取得したが、自賠責保険金として、それぞれ一五〇万円(合計三〇〇万円)の支払いを受けているので、これを控除すると、被告らは損害賠償として連帯して原告勉に対し四三二万五、三八〇円、原告キヨに対し四一二万五、三八〇円およびこれらに対する民夫の死亡した日の翌日である昭和四四年一〇月三一日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払いをすべき義務があるので、その支払いを求めるため本訴に及んだ。
と述べ、被告の抗弁に対し、
被告の抗弁第一項の<1>は否認する。抗弁第二第三項は争う。
と述べた。〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は、「原告らの各請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として、
請求原因一項は認める、二項<1>は否認する、二項<2>は認める。三項(一)の<1>ないし<5>のうち、原告らが亡民夫の父母であり、亡民夫には妻子がなく、したがつて原告らが相続したこと、民夫が原告らの長男で昭和三六年二月二五日生れで、事故時小学校三年生であつたことは認めるが、その余は争う。民夫が大工になるという必然性は全くなく、したがつて死亡年度の満一八才男子の平均賃金を基準にして算定すべきである。三項(二)のうち原告勉が亡民夫の父であり、原告キヨが母であることは認めるが、その余は争う。三項(三)は争う。四項のうち原告らがそれぞれ自賠責保険金一五〇万円あて支払いを受けたことは認めるが、その余は争う。
と述べ、抗弁として、
一 (免責事由)
<1>本件事故は被害者亡民夫が間道から国道に飛出したことに原因する。被告美智子は十分前方を注視し、時速三〇キロメートル弱に減速して走行していたのに被害者が突然直前に飛出したもので、同被告には全く過失はなく被害者の一方的過失により惹起された事故であり、<2>被告車には構造および機能上の欠陥は全くなく、また、<3>被告会社にも運行上の過失はなかつたから被告会社には責任はない。
二 (過失相殺)
仮に被告美智子にも過失があつたとしても、亡民夫の飛出しという過失は同被告の過失に比し、より一層本件事故および損害の発生につき重大な原因をもつている。仮に民夫に事理弁識能力がなかつたとしても、監督義務者である原告らの監督上の過失は大であつて、被害者側の過失として損害額の算定につき考慮さるべきである。
三 (損益相殺)
原告らは亡民夫の一八才になるまでの養育費一か月一万円の割合の支出を免れ利益を得ているので、八才から一八才になるまでの期間の養育費合計九五万三、四〇〇円を損害額から控除さるべきである。
その算式は次のとおりである。
10,000×12×7.945=953,400(円)
右は民夫が原告ら主張の収入をあげるための当然の必要経費である。右控除は衡平の理念からしても承諾さるべきである。
四 (弁済)
原告らは自賠責保険金三〇〇万円の支払いを受けているほか、昭和四四年一〇月三一日被告会社から香典二〇万円を、被告美智子から香典二万円を受領しているので、損害賠償の支払金として充当さるべきである。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
請求原因第一項の事実および第二項<2>の事実は当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は今市市方面から日光市中宮祠方面にほぼ東西に走る国道一一九号線上であつて、中宮祠方面より今市市方面に向うときは、緩やかに左カーブし、かつ下り勾配をなし、その前方国鉄日光線ガードを越えて緩やかな上り坂になり、同ガードの手前右側には西北から幅員約二・八メートルの歩行者専用道路(間道)が通じている地点であるが、事故現場付近の国道の西側は石垣で高い土手となつており、前方の見とおしは不良であるが、右間道との交さ点の左側手前の土手は約二〇メートル位いの間、小児の背丈程(六〇センチメートルないし八〇センチメートル)に低くなつており、間道を通行する小学生などの有無は注意すれば十分認識し得る状態であり、その現場の状況は別添図面のとおりであること、被告美智子は被告車を運転して中宮祠方面から今市市方面に向つて時速約四〇キロメートルで東進中 右低い土手の部分に差しかかつたところ(別添図<1>地点)、左手の間道から飛出して進路前方を左から右に横切ろうとする被害者民夫を認め、危険を感じて急制動をとつたが及ばず、被告車の右前部を被害者に衝突させて同人を転倒せしめたこと、被告車の進路右側前方には小学生数名が下校途中であつたこと、被害者民夫は間道出口において一時停止するなど国道上の安全を確認しないまま駈出したものであることなどが認められ、以上によると本件事故は、被告美智子が見とおしの悪い左カーブの下り坂で、しかも下校時に当り学童などが間道を通行して国道に出てくることも当然予期される状況なのだから、進路前方は勿論のこと右間道にも注意して、減速して進行すべきであるにかかわらず、これを怠り漫然と時速四〇キロメートルのまま進行した過失と、被害者民夫が国道に出るに当り安全を確認しなかつたという過失との競合によつて惹起されたものであり、その過失割合は五対五であると認めるのが相当である。前示証拠のうち、右認定に反する部分は信用しない。
したがつて、被告会社の免責の抗弁はさらに判断を進めるまでもなく理由がないので採用できない。
被害者民夫が原告らの長男であり、昭和三六年二月二五日生れの男子で、事故時小学校三年生であつたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告勉は建築業(大工)を営んでおり、長男である民夫には将来同営業を継がせる予定であつたこと、民夫にとつても格別建築請負業に不向きなところ、障害となるところは見当らず、高校卒後は大工として家業に従事したであろうことは十分予定されることなどが認められる。被告らは被害者民夫が将来大工になるという必然性は全くない旨主張するけれども、民夫にとつて大工になることが望外なこととはいえないし、成就困難なことともいえない、長男が家業を継ぐことは、より収入の多いよりよい職業につくというならば格別、そうでない限りむしろ当然のことで十分必然性があると認められ、被告らの主張は首肯できない。
しかして、〔証拠略〕によると、本件事故当時大工の一日の賃金は二、五〇〇円で、一か月の稼働日数は平均二五日であるが、控えめにみても一か月の収入は五万七、五〇〇円を下らないこと、したがつて一か月の生活費として二万七、五〇〇円を差引くと一か月の純収入は三万円、年間三六万円であることが認められる。右に反する証拠はない。
被告らは民夫の満一八才に至るまでの養育費は、同人が収入をあげるための必要経費であるから、この支出を免れた原告らにつき損益相殺すべきである旨主張するけれども、右得べかりし利益喪失による損害から損益相殺すべきものは民夫自身の利得したものでなければならないと解すべきであるところ、右は両親の支出を免れたものではあつても民夫自身の利得ということはできないので損益相殺の対象にはならない。のみならず、被害はあくまでも民夫の生命自体であつて、得べかりし利益ではないはずである、それは生命侵害に対する単なる損害の金銭的算定の一手段、一資料に過ぎないと解せられるので、必要経費としてこれを控除しなければならない相当性は全くなく、右主張は理由がない。
ところで、亡民夫は本件事故にあわなければ、更に六二年間満七〇才になるまで生存し(第一一回生命表)、満一八才から六三才に至るまで四五年間は大工として稼働し得たであろうと認められるので、その間の得べかりし利益の現在価(事故時)をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算出すると次のとおり六五二万五、八五三円となる。
¥=36×(26.07231947-7.94494948)=6525853(円)(円未満四捨五入)
したがつて、亡民夫は右損害を被つたことになるが、本件事故については被害者にも前示割合による過失があつたので、右のうち被告らが賠償責任を負うのは三二六万二、九二七円であると認めるを相当とする。
原告らが亡民夫の損害賠償請求権を相続したことは当事者間に争いがないので、原告らはそれぞれ右のうち二分の一に当る一六三万一、四六四円(円未満四捨五入)の損害賠償請求権を相続により取得したといわなければならない。
〔証拠略〕によると原告勉は亡民夫の葬儀費用として二〇万余円を支出したことが認められ、これは民夫の葬儀費用としては相当の経費ではあるけれども、前示過失割合を考慮し、右のうち被告らが賠償すべき額は一〇万円をもつて相当とする。
原告らは長男を失い、その精神的苦痛は甚大であることが認められ、本件事故についての双方の過失割合、事後の措置、示談交渉の経過、慰藉措置の有無等諸般の事情を勘案するに、原告らに対する慰藉料はそれぞれに対し九〇万円あてをもつて相当と認める。
ところで、原告らが自賠責保険金三〇〇万円の支払いを受けていること、昭和四四年一〇月三一日被告会社から香典二〇万円を、被告美智子から香典二万円を受領していることは、いずれも原告らにおいて明らかに争つていないところである。
しかして、右のうち自賠責保険金は賠償すべき額から控除すべきであるから、これを控除すると、被告らは連帯して更に原告勉に対し金一一三万一、四六四円を、原告キヨに対し一〇三万一、四六四円を賠償すべき義務があることになる。
被告らは香典二二万円も損害賠償に充当すべきである旨主張するが、右は損害賠償としての支払いではないので、慰藉料の算定に当り斟酌すれば足り、本件では既にこれを斟酌しているので更に控除の必要はない。
そうだとすると、原告らの請求は前示各金額およびこれに対する昭和四四年一〇月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるから、これを認容することとし、その余の請求は理由がないので、棄却することにし、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 三井喜彦)
別添〔略〕